『桑原ゆう:音の声、声の音』
(2024年 Kairos)
現代音楽の、その先の未知なる領域に踏み込んだ独りの作曲家の、厳しく静かに澄んだ目。
桑原ゆうさんの2枚組CD『桑原ゆう:音の声、声の音』(『Yu Kuwabara: Sounded Voice, Voiced Sound』) に収められた楽曲はおおよそ2021年までの比較的近作を中心に力強く構成されている。Disc1はソロ楽器による作品が収められ、Disc2には合奏曲が収録されるという独特な構成にも独自の美学が伺えた。
桑原ゆうさんが長年テーマとして扱う領域の一つは、一般的には両儀的な二要素と捉えられるものの間に潜む淡いに視点を置くものだ。独立した事象として認識されてしまうの項の間に対峙して、そこに存在する(しないかもしれない)磁場を常に意識することは容易いことではない。タイトルとして冠された音と声の対関係はそのような視点を象徴するものだろう。楽曲を通して聴いていくと、そうした対比は「1」と「2」、「個」と「集合」、(音響による)「語り」と「叫び」、そして「音」と「無音」、、様々な要素が拮抗しては絡み合い、解けていくように感じられる。厳格に楽譜に記譜されているであろう音響は緻密に練られているが故に、ある種の即興性にも近づくような自由さも獲得している。
この作品は全体から見れば数曲だとしても中には2011年から作曲/改訂がおこなれているレパートリーも含まれていることから、2011年から2021年の約10年に渡る桑原ゆうさんの研鑽が濃密に記録されたディスクであると言えるだろう。そして、その極めて集中した視線は、楽器や編成を変えても常に揺るぎなく貫かれてきた事実を示してもいる。特に興味深く感じられるのは、Disc1に収められた作品群で、いずれもソロの楽器によって演奏されるものだが、それらの作品には少なくとも2つの時間が流れているような様相がある。あるいは2つの旋律が互いに戯れ絡み合うように流れていく様を観ることもある。そして何よりも、それらがいずれも独りの奏者から発せられるという事実に驚愕するのである。
目にみえる二つの要素に挟まれた真っ暗な空間の間(はざま)に宿る声無き声、形なき形にじっと耳を傾け静かな視線を向けている桑原ゆうさんの凍るような時間が、言葉の世界(文学)とも色濃く結ばれていることも、この作品群の背後には気配として宿っている。disc2に収められたライブ演奏には、奏者の気合いに後押しされたジンワリと広がっていく豊かな音楽的テンションがある。独りの作曲家が作品を通して、この高度な音楽世界を十全と実現させることが可能な優れた奏者達と、強く結ばれてきた関係性にも感動的なものがある。私はこうして未だ見ぬ地平を開こうとし続ける桑原ゆうさんの精神に心強く励まされるひとりだ。
2024年10月31日 福島諭

